中野区うつ回復日記

東京中野区で、うつ回復しながら父親になる男の雑なエッセイ

うつ治療中なのに新しい命を授かった件

うつの治療を1年以上続けているのだが、半年後に子供が生まれることが分かった。

 

 

そもそも私のうつは、結婚、引越し、思い入れのある愛車の売却…などの人生の大事件が連続したことに続き、さらに仕事上の決算期が重なってオーバーロードしてしまったことに端を発する。一度に襲いくる人生のプレッシャーに耐えられなかったのだ。

 

一時は症状もひどく、どん底かと思ったが、最近は身体的症状はかなり軽くなってきた。いちおう復職もして、勤務時間を融通したりテレワーク日を織り交ぜたりしつつも、快復傾向をたもつ程度に仕事ができている。ありがたいことである。

 

そんな矢先、妻のお腹に命が宿った、と分かった。

こんなに嬉しいことがあるのか。

今までの人生で感じたことのない喜びを味わっている。

一方で、従来であれば子供に対する義務や責任感からくる強烈なプレッシャーを感じていたところだったが、今の自分は純粋に喜べていることに驚いている。もちろん責任感は感じるが、それ以上にものすごく嬉しいのである。

 

もともと私は長男であるし、妻のほうが年上で年齢的問題も迫ってくることから、親族からの『赤ちゃんはいつできるの』的な期待と催促が入り混じった身勝手ハラスメントを受けていたのである。それに加えて私がうつになったことで精力減退し、収入も下がり、さらに追い詰められた気がしていた。『子供ができる』ことはプレッシャーの一因でもあったはずだった。

 

しかし、うつから立ち直る過程で、私の心境にはかなりの変化があった。

自分の意志でコントロールできる事象は『今現在の自分』だけであること。

だからこそ、誰しもが互いを尊重し、支えあったり拒んだりして、どうにか生きていること。

人の数だけ人生があり、人生は選択の連続であること。

自己完結していた世界は広がり、精神的な自立に近づいている、ような気がする。療養中に何冊かアドラー心理学の本を読んだりして感化されたのだが、この精神的な自立というのは何にも勝る人生のキーワードだと思う。

 

そうして前向きになった結果、愛する妻との子供ができることが純粋に嬉しい。

親の身勝手な言い分かもしれないが、こんな時期にこの子を授かったことに運命的なことまで感じてしまう。

 

妊娠が確定した時点で、妻はすでに安定期に入っていた。

子供の性別も、検査の当日すぐにわかったほどである。

つわりもなく、体調の変調もなく、驚くほどのほほんとしている。意識低い系の妊婦さん誕生である。

 

検診を受けたのが遅かったため、予定日まであと半年もない。

お産のために妻は里帰りしたいという。

考えるべきこと、やるべきことが山積みだ。

たぶん、これからノンストップの毎日が続くのであろう。

 

 

 

願わくば、この子がぶじに生まれてきてくれること、健やかに育って精神的に自立する大人になってくれることを願う。

そのために、今私がつぶれるわけにはいかない。

妻と子供を大事にするためには、自分のことも大事にせねばならない。うつからの学びを生かす時が来たのだ。